2013年シーズンがはじまります!!私が行くであろうスキー場

snowboard

そろそろスキーシーズンに入りますね!!
私ぐらいの年になると、行ったことがないスキー場に行くことはまずなくなります。(笑)

スキー、スノーボードの歴史

【スキー】:

概要

元々は狩人が獲物を追って雪の山野を移動する手段であったが、19世紀中頃からノルウェー南部のテレマルク (Telemark) 地方を中心にスポーツや、登山者の山麓での移動手段として進化を遂げた。やがてスキー自体を楽しむ人々が増えるにつれスキーの練習に適した斜面のある山麓に練習場(ゲレンデ)が出来、やがてもとの目的から独立したスポーツ・レジャーの場としてスキー場と呼ばれるようになった。日本では積雪期にも宿屋が営業する温泉地に愛好者が集まりやがてスキー場として発展した(山形県の五色温泉や長野県の野沢温泉がその奔り)。

ヨーロッパアルプス地方で普及したアルペンスキーを楽しむ人口が多いが、クロスカントリースキーテレマークスキーのような、アルペンスキーより先にスカンジナビア半島で発展したノルディックスキーも現在まで根強い人気がある。

1本の専用の板に正面を向いた状態で両足を揃えて固定するモノスキーというものもある。

歴史

スカンジナビア半島では、紀元前2500年ごろの壁画に狩りをする人がスキーを履いた姿が描かれているのが確認されている。また、10世紀から11世紀にかけて、バイキングがスキーを軍用に用いたという記録が残っている。

1825年にテレマルク地方に生まれたソンドレ・ノルハイムによって「歩く、飛ぶ、滑る」といった現代まで残るスキー技術がスポーツとして確立され、1860年代には、スキー板とスキー靴を固定するビンディングが考案される。これが近代ノルディックスキーの始まりである。1879年には、ノルウェーのオスロにて、初の大規模なスキー大会が開催された。

1907年、ハンネス・シュナイダー (Johannes Schneider) によって、オーストリアサンクト・アントンなどにスキー学校が設立される。シュナイダーによって、アルプスの急峻な山々の滑降に対応したシュテムなどの技術が体系化された。これは「リリエンフェルター・シーラウフ・テヒニック」と呼ばれ、アルペンスキーの根源となるものである。また、踵を固定して滑降時の安定を図る、リリエンフェルト・ビンディングも考案された。

1924年フランスシャモニーにて国際スキー連盟(FIS)が結成される。同年、初の冬季オリンピック大会(シャモニーオリンピック)が開催される。この大会ではクロスカントリースキー、ノルディック複合スキージャンプがスキー競技として採用されている。アルペン競技は第4回のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック1936年)から採用されている。

1990年代後半から、カービングスキーやショートスキーなど、ターンのしやすい新しいスキー板が普及し始めている。

日本への伝来

日本におけるスキーの伝来は明治時代後期で、1911年(明治44年)に新潟県中頸城郡高田町において、オーストリア陸軍少佐のテオドール・エードラー・フォン・レルヒがスキー技術を伝授したことが、日本に於けるスキー普及の第一歩とされている。

レルヒは、日本陸軍の中将である長岡外史が率いる陸軍第十三師団の御用商人でもあり、高田町を本拠にする実業家である五十嵐彌五八(後に辰豊と改名)の経営する旅館「高陽館」に寄宿し、高田歩兵第五十八連隊に着任した。

また、五十嵐は自身が経営する「報国商会」を介して、スキーの製造・宣伝活動・スキー音頭や高田小唄を作り高田芸鼓連にスキー踊りを教えるなど、「スキー」の全国認知に積極的に活動した。特に信越・関東・東北・北海道のスキーの普及に大きく貢献したといわれる。

レルヒ以前、1908年に札幌農学校のスイス人講師が2本杖のスキーを滑ってみせたこと(詳細は三角山を参照のこと)、また1916年に欧州から帰国した遠藤吉三郎ノルウェー式の2本杖スキーを普及させたことから北海道では2本杖が主流となった。また、1923年には第一回全日本スキー選手権大会が開催され、2本杖が1本杖を成績で圧倒したことから、全国的にも2本杖が主流となっていった。

参考サイト:wiki | スキー

【スノーボード】

概説

最大の特徴は、非対称、横乗りのサイドウェイスタンススポーツだということ。軸足を前に、利き足を後ろに置く。左足が前になるレギュラースタンス、右足が前になるグーフィースタンスがある。右手利きが多いように、グーフィーよりレギュラーの割合が多い。ちなみに、利き手と利き足は左右一致しないことがある。

「スノーボード」という名称は、アメリカとカナダを中心とした北米スノーボード協会が発足した時、新しいスポーツのジャンルとしてスノーボードという名称に統一したことに始まる。1970年代まで、同じく「スノーボード」という名称の雪上を滑るボブスレーのような競技が存在していたが、一般には普及しなかった。

英語で”snowboard”は「スノーボードする」という動詞であるため、名詞として使う場合は”snowboarding”と言うことが多い。また、1980年代の一時期、アメリカの玩具会社が”Snowboard”の商標登録を持っていたため、”snoboard”という表記も当時よく見られた。

もともとはサーフィンやスケートボードを雪山でも、といった楽しみ方をされていたが、既にスキー場という娯楽施設が整備されていたため、その環境にも適応すべくスキー製造技術を取り入れていった。圧雪された斜面での滑走性能が上がり、現在では整備されたゲレンデで滑るのが一般的となったが、ゲレンデ外(オフピステ)の雪山を滑るバックカントリースノーボードも人気である。人工的に管理された範囲外での滑走となるため、より高度な滑走技術だけでなく、雪崩のリスクマネジメント、応急手当など、安全に関わる知識を学ぶことや、ビーコンなどの専用の装備が必要である。ビッグマウンテン、狭義にはエクストリームなどとも呼ばれる。

歴史

1800年代にすでに1枚の板で雪山を滑っていたとも言われているが、アメリカ合衆国1963年にトム・シムスがスケートボードを加工して作ったスキーボードや、1965年にシャーマン・ポッペン (Sherman Poppen) が作った「Snurfer(スナーファー:snow とsurfer の合成語)」と呼ばれる雪上サーフィンの玩具などが起原とされている。これは、非常に小さな合板の板に紐をつけバランスを取り真直ぐに斜面を滑り降りるだけの乗り物であった。

その後派生する初期のスノーボードは、板の面積が大きく、降雪後に山に登り新雪をサーフィン感覚で滑り降りるもので、スノーサーフィンと呼ばれた。滑走面から飛び出したフィンが付いており、圧雪されたゲレンデでは上手く滑ることができなかった。

1970年代初め、ユタ州ソルトレイクでドミトリエ・ミロビッチによって設立されたウインタースティック社のカタログには「30cm以上の深雪が必要」と記されている。スノーサーフィンは、その後派生する多くのスノーボードメーカーにも大きな影響を与える。

1971年 田沼進三によって設立されたパイオニア・モス社が、サーフボードのウレタンフォームとグラスファイバーを使用したプロトタイプを作成。フィンとエッジがあり、バインディングはないものであった。

1972年 ボブ・ウェバーが「スキーボード」デザインの特許を取得。これは1990年8月17日、ジェイク・バートン・カーペンターに売却される。

1975年 ディミトリー・ミロビッチがウィンタースティック社の工場を設立。初期のボードからメタルエッジを取り除き、ダブルエッジを開発し、特許を取得。

1976年 トム・シムスがシムス・スポーツ社を設立。

1977年 ジェイク・バートン・カーペンターが、バートン・スノーボード社を設立し、1980年代中頃ゲレンデを滑る事が出来る道具を開発すると同時に、大量生産の体制を築く。

1979年 日本では1970年代後 半からいくつかの小規模なメーカーが興されたが、パイオニア・モス社がスキーの解放型プレートを改良した固定式ハードバインディングを持つ「MOSS snowstick」の販売を開始。これはスキーブーツの使用を前提とし、世界で初めて固定式バインディングを採用したものであり、「MOSS SNOWBOARD」は現存する世界的古参メーカーとして知られている。

1981年 シムスがメタルエッジつきボードを開発。コロラド州で初めての大会が開催されたと言われている。

1983年 世界初の国協会として「日本スノーボード協会」が発足。「第一回全日本スノーサーフィンチャンピオンシップ」開催。

1985年 ヨーロッパと北アメリカでもスノーボード協会が発足。トム・シムスが、ロジャー・ムーアの代わりにスノーボードのスタントを務めた映画、ジェームズ・ボンドの「007 美しき獲物たち」が公開される。

1986年 スイスのスノーボードクラブが「インターナショナル・スイス・チャンピオンシップ」をサンモリッツで開催。

1987年 アメリカ・ブレッケンリッジとイタリア・モリッツで世界初の国際級大会「International World Championship」開催。競技種目はスラロームとハーフパイプであった。翌シーズン、ヨーロッパとアメリカでワールドカップシリーズ5戦開催。こ の頃から国協会も増えていく。

1989年 初めての国際協会として「国際スノーボード協会」が発足。ただし、ヨーロッパ内での活動。

1990年 初めてのプロ協会がスイスで発足。アジア、ヨーロッパ、北アメリカで、ワールドカップ大会16戦が再開される。

1990年代に入り、当時若者に人気があったスケートボードのイメージと重なり、爆発的ブームとなって産業として育ってゆく。

1991年 国際スノーボード連盟が発足。ワールドカップ大会3戦開催。

1998年 長野冬季オリンピックより、アルパインスタイルのパラレル大回転フリースタイルハーフパイプが正式種目となる。

2002年 国際スノーボード連盟が解散、世界スノーボード連盟が発足。

2006年 トリノ冬季オリンピックより、スノーボードクロスが正式種目となる。

2014年 ソチ冬季オリンピックより、アルパインスタイルのパラレル回転、フリースタイルのスロープスタイルが正式種目となる。

参考サイト:wiki | スノーボード

毎年行っているスキー場は?!

【ふじてんスノーリゾート(山梨県)】:


営業期間:
2011年12月5日(月)〜2012年4月1日(日)

営業時間:
【平日】9:00〜17:00
【土日祝日】8:30〜17:00

リフト運行時間:
【平日】9:00〜17:00(時期により変動あり)
【土日祝日】8:30〜17:00(時期により変動あり)
【ナイター】16:00〜22:00

2012/10/27現在、ホームページがまだ更新されていないようで、去年のデーターになっています。
このスキー場は人工ですが、スノーパークもあり、また自然の中で滑っている感じがして気に入っています。高速を降りてから15分と近くて、気軽に行けます。
温泉は、富士眺望の湯 ゆらりがおすすめです。

【yeti(静岡県)】:


営業期間:
2012年10月19日(金)〜2012年4月7日(日)

営業時間:
【平日】9:00〜22:00
【土日祝日】8:00〜22:00
【オールナイト】16:00〜翌朝8:00(オールナイト営業日はホームページのカレンダーを確認してください。)

もうすでにオープンしてますね!!(驚)このスキー場も人工ですが、スノーパークもあり、また自然の中で滑っている感じがして気に入っています。オールナイトがあるので遅い時間に行くときはこちらに行っています。

【岩原スキー場(新潟)】:


営業期間:
12月8日(土)より2013シーズンの営業開始を予定

営業時間:
【通常】8:00〜17:00
【ナイター】17:00〜21:00

時間あるときは岩原スキー場です。
岩原スキー場の良いところは、高速降りて近いという事と、前日入りしても無料仮眠室があることです。ビギナーゲレンデが好きです。
食事は森瀧 (もりたき)がおすすめです。必ず注文するのは、舞茸のてんぷらです。かなりおいしいです!!




昔は山形、岩手、長野など数々のスキー場に行ってましたが、私はゲレンデが多いスキー場でも滑る形状は大体同じなので、ゲレンデを移動してわざわざ滑ることはなく、大体1コース、2コースで落ち着きますね。よって選ぶスキー場は、気に入ったゲレンデがあるのはもちろんですが、近い、食事がおいしい、良い温泉があるとかで選びます。

泊まりで良かったのは王道ですが、苗場プリンスホテル上越国際ホテルグリーンプラザ上越ですね!!

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